これは『葬送のフリーレン』13話「同族嫌悪」の中で、「今さらだよ」と言うザインに対して、フリーレンが放った言葉(セリフ)です。
どうせやるならもっと早く、それを思いついたときに(最初から)やっていればよかった・・と、後悔していることって、あなたにはありますか?
ーーわたしには、あります。
・・・なんであの時からやっていなかったのだろう。やってたらさぞや!と思うし、それが分かっているからこそ、今さらやるなんて!と、半ばふてくされていることがわたしには1つあるのですよ・・・。
長野の山に住んでいた頃、朝、気持ちよく動いていると(朝の家事だったり、散歩だったり)、よく空から降ってくるような ”気づき” がありました。「そうか、そういうことかぁ」とか、「そうか、そういう風に考えればいいのかぁ」とか。この世界と繋がったような、安心感に満たされるような「ものごとの理(ことわり)」が降りてくる瞬間があって。そのとき、「あぁ、こういう素晴らしい考えを自分だけのものにしないで、みんなにもシェア出来たらいいだろうに・・・」と、それが起きるたびに思ったのを今でも覚えています。でも、それを書き留めることも、誰かに話すこともせずに、そのキラキラしたものは流れていってしまった・・・。あれなんだったかな?すごくいいことに気がついたんだけどなぁ~って、その度に「もったいないことをしたなぁ」と思っていました。
山の家で最初にそう思ったのが、2006年くらいのことだから・・・あの頃からやっていれば、もう20年書き溜めていたことになって、今頃、本でも出せていたんじゃないかしらとも思うし(笑)、細々とでもどこかでシェアしていたら、少なくともわたしと同じようなところで足踏みしている人たちの気持ちをささやかでも軽くしてあげられたかもしれないのにと、残念に思っていたし、ずっと後悔していたんです。
今でもそれが起こります。朝、駅までの道を気持ちよく歩いている時、よく降りてくるんです。
でも、今朝降りてきた”気づき”よりも、もっと先にシェアしなきゃいけないことがあるでしょ、とか思ったりして・・・。いつも時系列に起こった順に記事を書かなくちゃいけないような気持ちになってしまって・・・(そうしなきゃいけないだなんて、誰も言っていないのに)。これを書いたら次にこれを書こうと後回しにしているうちに、いつの間にかどんどん埋もれていって、「今さら」書いても遅いよと、結局発表せずに終わってしまう・・・その繰り返し。その度にタイミングを逃し、行動に移せなかった自分にガッカリしていました。(そして、そんな自分を見ないようにしていたんだと思います)
そんなところに、『葬送のフリーレン』のセリフが突き刺さった。ほんとうに、その言葉はわたしに向かって放たれたように感じたのです。
フリーレン自身も、「今さらだよ。もう500年以上魔族との実戦はやってない。もう戦い方も忘れてしまった。もう取り返しのつかないほどの年月が経った。」とつぶやいたとき、「それがどうした、フリーレン。僕は今の話をしている」・・・と、ヒンメルから言われて、ハッとしたように。
そして、
「会いに行ってもいないのに諦めるんだ。まだたったの10年だよ。今、会いに行かないと近い未来に後悔するよ。あの時ならまだ間に合ったのかもしれないって。」
・・・フリーレンがザインに言ったこのセリフも最後のダメ押しになりました。そうだ、今なら間に合う。今から動くので十分なんだと思いなおせたことが、一歩踏み出す後押しになったのだと思います。
もう後悔を積み重ねたくない。今、動き出そうと思いました。だから、今朝、まずこの話をしてから、次に進もうと、PCに向かったのです。
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『葬送のフリーレン』の物語を観ていて思うのですけど、話の展開が時系列になっていないところが他とは違っていていいのだと思います。今と過去の出来事がいつも並行して展開される。1000年前のことも、現在のことも、フリーレンの中ではぜんぶ重なっていて、その時と同じ事象が起こったり、彷彿とさせる出来事が起こると、はじめてそれに関連した話が展開される。でも、過去も現在もごちゃまぜになっているのに、観ている側を混乱させないどころか、かえって深い洞察に導いてくれる話の運びに感動するのです。この話の見せ方自体が、物語を語るのにぜんぜん時系列で話を進める必要なんてないことを、わたしに思い出させてくれました。
素晴らしいアニメです。
今、ネトフリで好きなところだけ繰り返し観て楽しんでいます♪
※珍しく、写真なしで、文章だけでUPしてみようと思います。写真を選んでいるうちに、また「今」をのがしてしまっては いつもと同じですものね・・笑
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